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東京地方裁判所 平成9年(ワ)16399号 判決 1998年4月16日

主文

一  被告は、原告に対し、金一六〇〇万円及びこれに対する平成九年八月二日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  請求の趣旨

主文同旨

第二  事案の概要

一  本件は、原告が被告に対し、ゴルフクラブの入会契約に基づき、据置期間満了後の預託金の返還及びこれに対する遅延損害金を請求している事案である。

二  争いのない事実

1 被告は、ゴルフ場の経営等を業とする会社である。

2 原告は、昭和六二年六月二五日、被告との間で、千葉県山武郡芝山町に開場する京カントリークラブ(以下「本件クラブ」という)の入会契約を締結し、入会預り金一六〇〇万円を支払った。

3 右入会契約においては、入会預り金の据置期間を一〇年とする旨が定められていた。

4 原告は、平成九年七月二八日、被告に対し、本件クラブの退会を申請するとともに、入会預り金を二週間以内に支払うよう催告した。被告は、原告に対し、平成九年八月一日、入会預り金の返還を拒否する旨の回答をした。

三  被告の主張

1 入会預り金の返還時期の未到来

原告は、本件クラブの会則案を承認して、本件クラブへの入会を申し込んでいる。右会則案は理事会の決議により効力を生じることになっており、本件クラブの入会には理事会の承認が必要とされていたが、本件クラブが開場していなかった関係で、理事会は当時構成されていなかった。本件クラブは、平成二年八月一日に正式開場し、同日理事会も正式に開催されて、原告の入会が承認されている。

したがって、入会預り金の預託は、理事会による入会の承認を停止条件として効力を生じるものであり、入会預り金の据置期間も右条件成就のときから起算されるものである。よって、入会預り金の返還時期は、平成二年八月一日から一〇年を経過したときに到来するものであり、未だ到来していない。

2 入会預り金の据置期間の延長

仮に、入会預り金の返還時期が到来しているとしても、本件クラブの会則一一条二項後段(当初会則では一〇条二項後段)には、「天災地変、その他の不可抗力の事態が発生した場合、クラブ運営上あるいは会社経営上やむを得ない場合は、会社取締役会の決議により理事会の承認を得て、別に定める会員資格保証金返還据え置き期間を延長することができる。」との規定(以下「期間延長規定」という)がある。

なお、本件クラブに入会申込みをした際に、原告に交付された会則案には、期間延長規定が定められていなかったが、会則案はあくまでも案にすぎず、原告が入会を認められたときに定められる会則が原始会則であるから、原始会則の規定については、原告に効力が及ぶものである。

いわゆるバブル経済の崩壊後、日本の経済は長い不況が続いており、来場者の減少等、ゴルフ場をとりまく環境は極めて厳しいものがある。被告及び関連会社は、国内で一二か所、海外で八か所のゴルフ場を経営しているが、このように収益が低下している一方で、入会預り金の返還を請求する会員が予想以上に増加して、返還請求金額は五〇億円以上に達しており、全ての会員の請求に応じた場合、被告の経営が危機的状況に陥るおそれがある。現在の状態は、期間延長規定が定める場合に該当するものであるから、被告取締役会は、平成九年六月二三日、据置期間を一〇年間延長する決議をし、理事会も、平成九年七月二九日、これを承認した。

四  原告の反論

1 入会預り金の据置期間は、被告が入会預り金を受け入れた昭和六二年六月二五日から起算すべきである。被告主張のように、本件クラブの正式開場から起算すると解すると、被告が故意に開場を遅延させた場合、原告の地位が不安定になる。

2 期間延長規定は、原告が入会契約を締結した当時、会則案には規定されていなかった。したがって、後に会則を一方的に変更しても、原告に効力が及ばない。

五  本件の争点は、入会預り金の据置期間の起算時期、期間延長規定による入会預り金の据置期間延長が認められるかどうかである。

第三  争点に対する判断

一  入会預り金の据置期間の起算時期について判断する。

1 《証拠略》によれば、被告から原告に発行された預り金証書には、「お預り金は拾ケ年間を据置とし利子又は配当金等はつけません」と記載されていることが認められる。右記載をみる限り、入会預り金の据置期間は預託時から起算されると解するのが自然である。

2 被告主張のように、本件クラブの正式開場と同時に構成される理事会による入会の承認のときから、据置期間が起算されるとすると、本件クラブの正式開場は不確定であるため、据置期間の起算時期が入会預り金の支払時期と大幅に異なることも予想されるから、その旨が預り金証書に記載されるのが通常であると思われる。正式に会員になることと据置期間の起算時期の開始は、理論的にも同時である必要はない。また、《証拠略》によれば、被告が原告に対し、平成九年七月三〇日付けで発送した回答書においては、入会預り金の据置期間が到来していることを当然の前提としていることが認められる。

3 したがって、入会預り金の据置期間は、入会預り金の預託時である昭和六二年六月二五日から起算され、平成九年六月二五日の経過により、据置期間が終了したことになる。

二  期間延長規定による入会預り金の据置期間延長が認められるかどうかについて判断する。

1 《証拠略》によれば、被告の会員募集時に示されている会則案には、期間延長規定が定められていなかったが、平成二年八月一日の正式開場と同時に定められた会則において、期間延長規定が定められたことが認められる。

2 原告は、会則案を承認して本件クラブへの入会申込みをしたものであり、会則案はあくまでも案であるから、将来正式に決定される会則が、会則案と若干の差異があることは予め黙示的に承認していたといえる。しかし、原告は、会員の権利義務に重大な影響を及ぼす事項について、正式に決定される会則が会則案と異なることは予想しておらず、これを承認していたともいえない。被告が主張するように、正式に決定される原始会則で定めた規定が、当然に原告にも適用されるとすれば、原告の意思に反するものであり、原告の権利を著しく不安定にするものであって、不当である。期間延長規定は、入会預り金の据置期間の延長を認める規定であって、会員の権利義務に重大な影響を及ぼす事項であるから、原告が承諾しない限り、原告に効力が及ばない。

3 もっとも、期間延長規定で定める据置期間の延長事由の内、「天災地変その他の不可抗力の事態が発生した場合」については、会則に規定がなくても、一般的な事情変更の原則によって、原告に対し主張できるものである。しかし、被告が据置期間を延長する必要があると主張している事由は、経済情勢が予想外に変動したということであって、右の場合に該当するとはいえない。

4 したがって、期間延長規定による入会預り金の据置期間延長は認められない。

三  以上によれば、原告の請求は理由がある。

(裁判官 永野圧彦)

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